元読者3人からなる「月刊OUT勝手連」が、当時の編集部員やライターなど、雑誌にかかわった方たちへのインタビューを通して、18年にわたる雑誌の歴史を振り返ります。
(イラスト:柳田直和)
公開日:2026年7月5日
「土鍋ポスター」'86年3月号。付録の綴じ込みポスターは『くりいむレモン』[64]の亜美ちゃんのイラストだが、その裏を広げると、アウトシャイダーと、全裸の有名投稿者が、前号のアイドルとの写真と同じポーズで手を取りあってこちらを見つめる姿が…。その周りにはやはり全裸の彼が土鍋で局部を隠しながらにこやかにVサインをしたり寝そべったり歩いたりしている姿も散りばめられている。これは「土鍋ポスター」としてのちのちまで誌面で語り継がれた。この土鍋を読者プレゼントしたところ、女性を含むけっこうな数の応募があったというエピソードも。
その読者の話で、これがその極致だと思うのが、かの有名な「土鍋ポスター」ですね。僕は読者のころはこれがあったというのは知ってましたけど、見たことはなかったんです。後でこれを見て、衝撃を受けました。想像を超えてました。
よく載ったよね(笑)。
よく載ったよねって、これで行こうよって言ったんですよね?
もちろん言ったの。もちろんそれでやったんです。
このアウトシャイダーの着ぐるみの中の人は、もちろん大徳さんですよね?
そうです。僕です。そんな代役を立てるような卑怯なマネはしません。ていうか、代役やれって言っても誰もやらなかったよ。
これ、カメラマンさんも呆れてたんじゃないですか。
呆れてました。今こうやって見てもおかしいよね。頭が狂ってるんですよ。僕はとにかくね、読者に本屋で見抜かれないようにしようって言ってさ。なので、ポスターの裏面の方にして折り込んで、見えないようにあえてやったんです。
男性読者のリビドーに対するカウンターですよね(笑)。すごく面白い。
こんなこと言うとあれですけど、意外とこの方の肌とか綺麗なんですよ(笑)。
そうです。若かったからね。とにかく彼のOUT精神と勇気を讃えたい。でも、彼はしばらくしてから、少しずつ(OUTの投稿から)引きはじめたんだよ。
でも意外とこの方もけっこう後、'90年代ぐらいにたまに投稿が載ってたりして、いまだにOUTを買ってたんだって思いました。
さっきのアウトシャイダーとしてご自身が出てくるっていう話と、こういう方向性の、読者との関係ですね。どんどん読者カラーを雑誌の記事の中に入れ込んでいる。それがちょうど’85年から’86年ぐらいの時期かなと思うんですけど、もう「次の一手は読者だ」という感じだったんですか
いや、そういうことでもないよ。
注:アニーは土鍋ポスターに出ていません
「戦士の休息座談会」 '85年12月号、'86年1月号の”アウシターナ3人娘編”ではT編集長と当時人気のあった3名の女性投稿常連(3人娘と呼ばれた)との座談会が、前後編合わせて14ページものボリュームで掲載された。また'86年3月号では「俺たちろーにん族!受験直前・浪人読者座談会」のタイトルで、男性を中心とした投稿常連との座談会も掲載されている。タイトルの「戦士」はT編集長のこと。
「戦士の休息座談会」という記事では、読者との座談会をだいぶページをとって載せてて、そんな雑誌もあんまりないだろうと。
ない。それは意図して狙いましたからね。
これ、いま読んでもおもしろい。
面白いでしょ。いま読んでも面白いと思いますよ。
こういう企画は、読者をスターにしよう…というとちょっと言い方は悪いですが、読者をただ投稿者じゃなくてもっと中心にしようって、そういう意識があったのかなって思いまして。
それよりも、「やったら面白いだろうな」っていう、企画としてのインパクトの方がでかかったと思いますけどね。読者をさらに祭り上げようっていう意識はそんなにはなかったですね。読者を使って面白い記事ができるんだったら、とりあえず声をかけてみて、受けてくれるかどうか。それでみんな乗ってきた。いや、土鍋ポスターの彼なんかよく乗ってきたと思いますよ。
そういうのをちゃんと読者が担えるという確信があったんですか。
だからそこがさ、読者との勝負なんですよ。そういう機会を持っていって「いや、できませんよ」って言われちゃったら、はっきり言っちゃえば、読者の負けなんです。読者も負けていない。
そうですね。でも読者もこのころ10代か20歳前後くらいだったら、世間体とかもそんなに考えてないかもしれないし。僕が読者だったら、気合い入れて乗り込んだと思いますけどね。
土鍋やりますか?
いや、さすがに土鍋はしない。レベルが違う(笑)。
レベルが違うよね。だから、さすがに少し顰蹙をかって。この号は、あまり売れなかった。悪ノリが過ぎると思われたんだろうね。でも、読者と編集者の真剣勝負ですよ。彼もひるんでいない。恥ずかしそうな顔なんか少しもしてないでしょ。
そうそう、この土鍋ポスター、嬉しそうな顔で、ノリノリですもんね。
「新旧アウシタンまんが大会」'86年5月号。投稿常連たちによる漫画の特集。中村治彦『甘プロ日記』は投稿常連からプロになった作者によるOUTへの初の寄稿。山茶花留依のいもむし漫画は後に「いも一族」「あるみか通信」に繋がっていく。ぶりいくらはZガンダム・ZZのパロディ漫画。久保田亘・内藤浩一らのページはギャグ投稿の延長で、特に後者はギャグとして家業の菓子店の広告をしている。
読者を主体としたというので、いわゆるパロディとか漫画投稿ではなくて、投稿常連にページを与えている回もあります。中村治彦さん[65]はプロの漫画家になる頃だからわかるんですけど、ぜんぜん漫画家とか関係ない久保田亘さんとか内藤浩一[66]さんに1ページを与えて、好き勝手に書いていいよって言ってるんですよね。それもすごいなと思って。そんな雑誌ありますかね。
それが何かと言えば、今までどこの雑誌もどこの企画も取り上げてないという面白さを基準にしてたところがあるんだよね。
編集と読者っていう純然たる権力の構造を、崩していっている。
それは全くその通りなんです。その権力構造を崩したかったんですよ。
それはある種、危険じゃないですか? 例えば読者側が暴走しちゃって、「これ載せられないよ」とか「うちはこういうことじゃないんだけどな」みたいなこともあり得たと。
だから、その危険さが顕然化しちゃったのが今だと思いますよ。例えばインターネットのSNSにしても、いわゆるフィルターがないんです。無制限に意見とか考えを述べられるようになっちゃったじゃないですか。雑誌のころは、読者を利用したとかそういう部分もあるかもしれないけど、やっぱり僕らがフィルターになっていたんですよ。ちょっといかれたフィルターだったけどさ。そこはね、大きな違いだと思います。
一線があったっていうことですよね。当時、ラディカルになりつつ、この線を超えるとちょっとまずいよなって、そういうことはありましたか。
そういう意味でのトラブルって、一回も起こしたことはないんですよ。
まだ雑誌というメディアの土台がしっかりしてた時代だったっていうことなのかな。
いまは難しいよね。ラディカルでありつつコントロールするとしたら、そういう読者は「別にインターネットでやればいいじゃん」ってなる。
これはOUTの話ではないけども、今のSNSね。TwitterがXになって以後さ、無制限に言葉を発せられるような状況になった。だけどそれが本当に無制限なのかっていったら、実はそうじゃないじゃないですか。ものすごく規制されてるし。権力の力が働いてるんですよね。ただ、それが見えない。だから僕は逆にそれはすごく危険だなと思いますよ。
いま世間では「面白いからラジカルなことを言えばいいんだ、本音だからいいんだ」ってみんなが思ってる。僕らのころは、もちろんそういう考え方もあったけども、やっぱりそこに倫理・モラルじゃないんだけど…ある種の道徳心みたいなものがあって、そこがフィルターになってたんですよ。あとは、それが本当なのかどうなのかという、「懐疑」というものがあったわけね。だけど今は懐疑すらない。で、懐疑を持つと、変なことを言う人だなって思われちゃう。
そのうえ、YouTubeみたいなものが出てきちゃったから、さらにややこしくなってるんですよ。何が本当で、何が善で真実なのかということが、すごくわかりにくい。僕なんか、YouTubeってすごく偏向してるなって思うわけさ。だからあんまり見ないんだけど、100個のうち1個ぐらいまともなものもあるわけでしょ。どれがまともでどれが間違ってるっていうフィルターが入ってないんですよね。でも、例えば、あまりにも批判的なこととかビジネスになることは、やっぱり僕らにわからないような形で削除されてるじゃないですか。
いま振り返ってみると、昔はあんがい嘘が儲かる時代じゃなかったのかなって思うんですよね。出版物がメインだった時代というのは、いまほど嘘は儲からなかったんだな。いまは嘘の方が儲かるぐらい。
昔もトンデモ的な本とかはいっぱいあったと思うけど…。
でも、それがあんまり巨大な権力に結びついたりはしなかった気がするね。
昔は多分さ、トンデモっていう評価の仕方があったじゃないですか。いま、トンデモってないですよ。全部許されちゃってるっていうか、そういう範疇に入っちゃったんだ。
「機動戦士Oガンダム」'86年3月号。「完全独占速報!」という煽り文句でガンダムの新シリーズを紹介する巻頭記事。総監督「大富野哲悠季」のインタビューから始まり、キャラクターの設定・アフレコの模様・新モビルスーツのデザイン・主題歌の紹介などの力の入った紹介記事が、実は全てウソ。背表紙にまで『機動戦士Oガンダム』と載せているのがすごい。当時の業界人も騙されたという。カラー8ページのウソの記事のあと、続く2ページで「ごめんなさい!これがホントのZZ(ダブルゼータ)です」という本当の紹介記事が続く。なお'87年6月号から「Oガンダム」の小説版も連載されている。
OUTの話に戻ってですね、この『Oガンダム』という特集記事、結果として予言になってしまってますが。これも背景を教えていただければ。
ファーストガンダムが大ヒットして、その後『Zガンダム』[67]が出て、ガンダムシリーズになっていったじゃないですか。それでまた新しいガンダム[68]が作られるだろう。じゃあ、勝手に僕らが新しいガンダムを考えちゃおうと。要するに未来のパロディですよね。今までのパロディは既にあるもののパロディだけど、そうじゃなくて、無いもののパロディを勝手に作っちゃおうって。実際に企画してるのは霜月たかなかさんなんだけどね。
で、どうせやるなら読者も完璧に騙しちゃおう。制作会社すら騙しちゃおう。「これはパロディですよ」ってちょこっとは載せるけど、それぐらい迫真力のあるガンダムをやろうじゃないか。その代わり、めちゃめちゃリアルにやらないと、嘘がすぐバレるぞと。
記事を見ると、嘘のシリーズなのに26話分のタイトルとかも全部入ってて、しかも別におちゃらけじゃないんですよね。ちゃんとそれっぽいタイトルがついている。
あのころ、新しい作品の情報をアニメ誌がみんな競ってたわけよ。「新しいガンダムの情報はこれだ」っていちばん最初に情報を載せるっていう、競争があったんです。それも僕らはおちょくってるわけです。「そんなのおかしいじゃん」みたいなさ。そんなふうにいろんな考えがあって、ひっかけた。怒られることは想定してました。でも、怒られなかったんです。あまりにも巧妙に、うまく嘘ができてて、サンライズの人たちが笑っちゃったんです(笑)。
このキャラクターの絵とか、きちんと設定してあって、本職がやったかのようにできてますよ。
そう、やるんだったらリアルにやろうよって。本当に本当なんだろうなって、思わせちゃうぐらいにリアルにやらないと。
パロディ企画的じゃないですよね。パロディと違う文法でやってるんだろうっていう。マジでマジっぽく騙す意図でやってますよね。
Oガンダムに関してはさ、あんまり広げちゃうとバレちゃうから、霜月たかなかさんを中心にしてこっそりやったんですよ。
前回の「硬派なOUT」の方でも出ましたけど、アニメ・ジュンさん、つまり霜月たかなかさんってすごく真面目な文章を書かれてる方がこれを企画したというのを読んで、「嘘でしょ!」と思ったんです。
そう思うでしょ? そうなんです。あの人は、そういう人なんですね。基本的には漫画の人なんですよ。
だからOUTと付き合ってこうなったと。すごい、やっぱりさすが、OUTに集まる人だな。
彼は、わりと真面目な文章の方を書いてて、OUTの企画にはあんまり関わってなかったんです。でも編集会議とかに参加するようになって、他のいろんなやつらの才能…それこそ十八VANの人たちとか、他にもすごいやつらがいて、悔しいと思ったんだと思うよ。「俺だったらもっと面白いのやってやる」みたいなのがどこかにあったんだと思う。だけども、遠慮して出してないんですよ。で、「ガンダムがシリーズ化になっちゃうみたいだから新しいガンダムを勝手に作っちゃおうか」みたいな話になった時に、ピンと来たんだと思うね。「だったら俺が面白いものを作ってやるぜ」って。それで、持ってきたらめちゃめちゃ面白いので、やりましょうってなったんです。だから、ライター同士の競い合いってのもあるの。その競い合いにふさわしい才能が集まってたんだよね。
霜月さんはすこし後にOガンダムの小説版を書かれていて、文章を読むとちょっと落語みたいな感じで、この人はこういうのも書けるんだな、と思いました。
そうなんです、面白い人なんです。で、会ってみると超ど真面目な人間ですよ。でもあまりにも彼だけが真面目なので浮き上がってた部分もあって、OUT編集部では「鳥獣戯画の時代から生きてるアニメ仙人」ってからかわれてた(笑)。だって、アニメのこととか漫画のことを何でも知ってるんだから。なにしろコミケットの創設者ですからね。もう生半可な漫画の知識じゃないんですよ。
前回のインタビューで、米澤嘉博さんの話をお聞きした時に、米澤さんがすごい博識で、という話がありましたが、同じようなレベルの人がそこに集まってたんですね。
そうなの。「迷宮」っていうグループがあって、米澤くんと、安庭じゅんっていう東宝に勤めてた人と、霜月さん、その3人が中心だった。で、3人ともめちゃめちゃ詳しいわけです。ところが米澤くんは若死にしちゃった。安庭じゅんも亡くなって、残されたのは霜月さんだけなんです。だけどすごく不器用な人で、本当はアニメ評論家としていちばん実力を持ってると思うんだけど、自分を売り出さないんですよ。もったいないなって思ってんだけどさ。単著で『コミックマーケット創世記』[69]というのを出したんだけど、漫画評論とかそういう部分では、単著を出してないんです。だから僕は彼に、日本漫画史とか日本アニメ史というような仕事をやってほしい。アニメも漫画も両方とも詳しいし、基本的な教養もすごく持ってるから。
「サンライズ宇宙史」'86年10月号(地球編)・11月号(宇宙編)。「サンライズ作品のすべてを、壮大な歴史体系の中に俯瞰する空前絶後の大特集」と称し、数多くのサンライズ作品を一つの歴史の流れに位置付け、詳細に解説するという企画。ダンバイン・ザンボット3・レイズナー・ゴーグ…からダーティ・ペア、クラッシャージョウに至るまでの地球編、ダイオージャ・ガリアンから、地球史を経てエルガイムに至るまでの宇宙編と、2ヶ月連続の巻頭特集であった。また各作品のキャラクターを強引に繋げた家系図や、ロボットの技術史などの記事も力が入っている。
僕の知り合いにOUTで印象に残ってる企画を訊いたら、サンライズのいろんな作品の歴史を無理矢理に統合した『サンライズ宇宙史』という企画、これはもう本当に馬鹿だなと思って未だに記憶に残ってるって言われたんですね。で、これもその霜月たかなかさんが音頭をとってやった[70]と。
霜月さんも入ってるし、あれはね、僕の記憶の中ではけっこう総動員でやったやつですね。
いや、これは、いま見てもすごいなと。歴史も壮大な歴史体系にいろんな作品が当てはめてあったり、技術史もそうだし、これは懐が深いなと思いました。
すごいでしょ。どうせやるんだったらっていう気持ちがあるわけじゃないですか。おためごかしの企画ではなくてね。本当にそうだなって思わせるようなことでやっちゃおうと。
この前に、やり方として、『ガンダムセンチュリー』[71]もあった。
『ガンダムセンチュリー』に関しては、この間も言ったけど、ものすごくいろいろあって、本を出した後もいまだにいろいろあるんですよ。だからいっかい、ガンダムセンチュリーのことだけで話した方がいいかもしれないね。
それは、ぜひやらせてください!
大徳さんがやってらっしゃった時代のことをひと通り追ってきたんですが、一つお聞きしてなかったのが、RIIさん[72]のことなんです。前回くわしくお聞きできなかったんですが、いろんな人に伺うと、「ある時期のOUTの誌面の一部はRIIさんがいなかったらそうなってなかった」と言われるんです。そのあたりについてお話しいただけないでしょうか。
彼は、OUT編集者のCさんの、韮山高校の同級生なんです。Cさんは、みのり書房の系列の出版社…つまり親会社が朝日紙業っていう紙会社で、いろんな出版社に紙を卸していて、そういう系列の出版社に勤めていた。で、OUTに興味を持ってるみたいだからっていうので、出向みたいな形でみのりに来たの。それでOUT編集部に配属されて、漫画もSFも詳しいしということで、OUTの編集部員に定着していたんです。で、僕もいろんな経緯を経てOUT編集部に入ってたわけですよ。
ところがそこでOUT編集部で労働条件の問題なんかがあって、それまでいた編集部員が全部やめちゃったりして[73]、Cさんと僕と南原さんっていう3人の編集者しか残らなくなったんです。月刊誌を3人でやらなきゃいけなくなっちゃった。それでライターはとにかく不足してるわけで、Cさんが「僕の高校の時の同級生でSFとか漫画・アニメに詳しいやつがいるから」ってひっぱりこんだのが、RII。
そうしたらとにかく漫画もアニメも詳しいし、SFも詳しいし、ものすごい物知り・博識なの。企画力も文章力もあるし、能力があるんですよ。だけども、生活人としては、まるでダメなんです。生活態度はめちゃくちゃ。…どうします?
ということは、猛獣使いみたいなもんです。僕の周りは、みんなもう本当に奇人変人ばっかり(笑)。大変ですよ、あの人たちをコントロールして、それで毎月、本を出さなきゃいけないんですよ。その上で僕は増刊もやったり別冊もやったり、他の仕事もやってたから。
だからRIIがいなかったら成り立ってなかったと思いますよ。だって僕はさ、漫画・アニメはそこそこは見てたし好きだったけど、前も言ったように中学生あたりでいっかい卒業しちゃってるから、OUTに入った頃は、そんなに触れてなかったんです。読んでたのは『あしたのジョー』くらいですよ。ところがRIIはものすごく見てて、詳しいんです。だから、ある時期においては、RIIがいなければOUT編集部はやっていけなかったし、企画の部分においてもRIIがいたからこそっていうのはすごくありますね。少なくともアニメーション関係に関しては彼に頼ってた。
ガンダムじゃなくても、例えば「これは次に来るだろうからぜひ載せましょう」みたいなのは、RIIさんがアンテナを張ってやってたんですか。
そこらへんはね、難しいんだよね。RIIが中心ではあったけど、彼の独断ではないですね。ある意味で言えば、RIIが独断でひとりで全部決めちゃうようになっちゃうのはまずいなと僕は思ってたから。編集部員ではない他のライターとか、そういう才能・センスを持ってるやつを取り込もうとしていた部分はあります。RIIはどっちかと言うとライター志向なので、他のライターをまとめて引っ張っていくのはあんまり得意ではない。
誌面のレイアウトとか記事の中味にもRIIさんの影響がすごくある、と他の方がおっしゃってて。
はい、それはあるでしょうね。
そこは他を研究して、俺だったらこうするって独創性もあったんですかね。
向学心もあってね、とにかく細かくうるさかったと思いますよ。とにかく、いろんなことにこだわってね。
これも一般の会社でよくあると思うんですけど、例えばチームの中でひとりすごくできるやつがいて、でもその人の趣味性が強すぎると、その人はいいし、成果も上げるんだけど、組織全体としては違う方向に流れていく、というようなことがありますね。
RIIに関しては、それをなんとか修正できるような体制に持ってかなきゃいけないって思ってました。
なかなか天は二物を与えない。
与えないんですよね。
みのり書房の屋上に住んでたって話がありましたけど、やっぱり問題になったんですか。
いっぺん家に帰っちゃうと出てこないんですよ。で、あいつのアパートに行って、ドンドンドンってドア叩いて「起きてるか」ってやっても答えが返ってこないわけ。返事がないから、いないもんだと思って帰ってくるでしょ。でもいるんです。締め切りがあろうがなかろうが。だから、軟禁するしかないんです(笑)。だから、会社の屋上にプレハブ住宅みたいのを作って、RIIをそこに住まわせろというふうに会社に頼んだ。
えっ、じゃあ、ご本人の意思じゃないんですか?
本人の意思じゃないんです。僕らの意思なんです。会社もさ、そんな、RIIのために屋上にプレハブ住宅を建ててそこに寝泊まりさせるなんて、ふざけんな、みたいな。でも、あいつがいないと困っちゃうんですよ。だけど、あいつに頼ると出てこないから。締め切り守らないし。だから会社に「お願いです」って、プレハブを建てさせた。ところがもう、巨漢だからさ、体重があるから床をぶち抜いちゃった。 (一同爆笑)
成り行きで、RIIさんの意志で屋上に行ったんじゃないんですね。
違うんです。あいつは軟禁状態にするしかないって、僕らが会社にお願いしたんです。だってRIIの意思だったら会社もOKするわけないじゃないですか。
それは、編集部の対応も破天荒ですね。
ははは、まあね(笑)。
出てこないんだったら、ここに家作ればいいじゃんって。
じゃあ、ご本人はけっこう不満っていう感じだったんですか。
不満だけど、自分もいっかい寝ちゃうといつ起きるかわからないし、会社に出てこれない体質だっていうことが分かってるから、そういう風にさせられても仕方がないなと思ったんじゃないですかね。
でも、そのぐらい得がたい人材だったと。
そうなんです。そこまで得がたくなかったら、僕だってそこまで要求しません。彼はOUT編集部にどのぐらいいたんでしたっけ?
'80年の1月号ぐらいから’89年の12月号、だから10年間ですね。そのあとも3年くらいライターをされてますね。
屋上に住んでたのはどのぐらいの期間なんですかね。
けっこう住んでますよ。1年以上ですよ。
すごいな…。
そのあと、三島から新幹線で通勤してた、みたいな話もありましたが。
屋上のプレハブ生活も問題だっていうことになって、じゃあ新幹線で三島から通えよ、ってなったの。
それでプレハブ時代よりもいい感じになったんですか。
さすがに。やっぱり本人もプレハブで生活していくってことに不具合を感じて、本人なりに考えたんじゃないですか。
小林さん(Mさん)[74]のインタビューで、Mさんが入った'89年ごろ、まだRIIさんは編集部にいたんだけどあんまり編集部に来てなくて、会わないっておっしゃってましたね。
やっぱりそうだよね。出勤状態はもうぐちゃぐちゃ。
よくそれで、コーナーをやってましたね。そこはむしろすごいんじゃないかって思いますよ。
だってどう考えたって、普通は仕事に出てこなかったらクビですよ。いち職業人としては、そこまでしても引き止められる人材でありたいと思いますね。
まあ、そうだよね。
…管理職は辛いですね。
いや、ほんとに辛いですよ(笑)。
[64] くりいむレモン : フェアリーダスト制作のアダルトアニメビデオシリーズ。’84-'88年。その後も続編シリーズが数多く制作される。亜美はシリーズ中もっとも人気の高いヒロイン。OUTでは特にアニメ評論などではアダルトアニメの評価が低かったが、'85年10月号の「アニメ美少女特集」ではザッシギャランがロリコンアニメを紹介している。
[65] 中村治彦 : 漫画家、スタジオHEGEの創設者、元投稿常連。OUTではカットや『湯島ウラ行進曲』『やにわに同好会』などの4コマ漫画を連載する。後にペンネームを『なかむら治彦』に改名。 当サイトのインタビューもご覧ください。
[66] 内藤浩一 : 投稿常連。老舗菓子店の後継ぎであることを公言し、T編集長から「送ってくれれば広告料なしで広告を載せる」と言われていた。
[67] 機動戦士Ζガンダム : 日本サンライズ制作のロボットアニメ、'85年3月-'86年2月。「ガンダムシリーズ」の第二作。『機動戦士ガンダム』の一年戦争から7年後の宇宙世紀0087年に起きたグリプス戦役を描く。
[68] 機動戦士ガンダムZZ : 日本サンライズ制作のロボットアニメ、'86年3月-'87年1月。「ガンダムシリーズ」の第三作。『機動戦士Ζガンダム』の直接の続編として作られた。
[69] コミックマーケット創世記 : 霜月たかなか著、朝日新書刊、2008年。'70年代まんが黄金時代のコミケ誕生秘話を記す。霜月らのパロディ作品ののち、同人誌にパロディまんがが続出した、という話が興味深い。'79年のコミケの合宿でOUT編集者と知り合う、という記述も。
[70] 音頭をとった : '87年5月号の『不滅のOUT10年史』に、「ビッグプロジェクト『サンライズ宇宙史』は、OUTのライターの中心的存在であったアニメ・ジュンが後輩のライターをなんと約10名も結束し、リーダーシップをとり、実現された企画」と書かれている。
[71] ガンダムセンチュリー : みのり書房発行のムック。『機動戦士ガンダム』の背景世界について徹底的な考証を行い、のちに事実上の公式設定となった内容も多い。
[72] RII : 月刊OUT編集部員。アニメ記事や投稿コーナー『投稿時代』『ファンサイクロペディア』などを担当した。詳しくは当サイトの榎野彦さんインタビューをご覧ください。
[73] 編集部員がやめた : '78年11月号を最後に編集長のHやKなど何人かの編集部員が抜け、同12月号から'79年3月号までは編集長不在、Cが編集長代理という形でOUTが発行された。
[74] Mさん(小林治) : 月刊OUT編集者。アニメ記事やインタビューのほか、投稿コーナー『お茶の水研究所』などを担当。似顔絵の唇が伸びている。詳しくは当サイトのインタビューをご覧ください。